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作品名記述者記述日
プラダを着た悪魔2唸るバクテリア2026/07/17★★★★

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1を実は見ていないのだけど、嬉々と新宿ピカデリーのポイント使って「プラダを着た悪魔2」見ました。
まさかこのタイトルなのに、メインはディオール!というのが正直なところではあるのだけど、いや、なに?この巧い映画
まったくタルいシチュエーションが無いという一気呵成。
にも拘わらず、思いの外終わってみたらなにも残っていないという(えっ?)
残ってない理由は明確で、一気呵成すぎて落ちこぼれてしまったのだ。120分に詰め込む情報量が多すぎるから流されてしまったのだ
なるほど。まさかこんだけ映画見といて落ちこぼれるのか!俺。
もちろん、ラストでメリル・ストリープ as ミランダがアン・ハサウェイ as アンディを目で追わないとか、その手の極めて日本的な安い演出に脳味噌を殺られてしまっている自分に気付く程度の深度では見れているし、その後の原稿を読んで笑ったところや、その前に、たぶん高速道路を走る車中での会話が内包する言外の連帯や尊敬みたいなことはわかっているつもりだ。
「誰か」は覚えていなくても「なにを」覚えているのだ。
たしか空虹さんが言ってた気がするけど、人には興味が無いが、なにができるかには興味があるのだ。
だから、常に自分はなにができるか?を自分へ問い続ける必要に迫られる。
にしてもだ。
最近の写真を見てると、アンハサの顔がすこし縦に伸びた感じがあったのだけど、スクリーンのアンハサは相変わらず抜群に可愛いのである。
やっぱりこの顔好きだわ
そして、アンハサの基本カジュアルよりな格好がまた画になるのである。
好きとしか言いようがない
その中で、時折フェミニンな格好したり、ラグジュアリーな格好したりすると、とくにラグジュアリーなのはひれ伏さざるを得ないようなオーラが滲む。
なにはともあれ、スターなのだ。
パンフ見てても衣装演出の巧みさは、ハイブランドを全然認知していない人間としてもよくわかる。
そうなればもちろん、メリル・ストリープの異常さに触れないわけにはいかない。
終盤登場するガガ様のガガ様としか言いようがないガガ様っぷりと、お仕事映画としてもガガ様の振る舞いの素晴らしさと、ちゃんと伏線のひとつとして入れおく巧みさとみたいなのは置いといて、あそこまですべての服を、あの齢で着こなすどころかひれ伏しさせているのは、メリル・ストリープだからこそなのだ。
なんなの?やっぱり凄すぎない?わかってたけど、おかしいよ。
徹子がまだ板に立てたらアレを越えるかもしれないけど、美輪様が板に立てたら超えるのかもしれないけど、現役スターという絶対的な説得力は凄まじいし、だからこそ、唯一心折れそうになるシーンで、とはいえやはり、頭皮が透けて見える事実を伝えるが如く頭頂部が何度も映るのは、受け入れてなお、越えて見せようという強い意志にも見えた。
パンフを読んでたらウィッグを使っているので、この理解はまったくもって間違ってない。
エミリー・ブラント as エミリーやスタンリー・トゥッチ as ナイジェルも同様ではあるのだが。

あとね、なんだかんだでほぼ同い年のアンハサが幼くすら見えるのは、メリル・ストリープの存在の賜物なのだ。
やってることは、ある種正しく経験値を詰んだ人間の仕事だけど、でも待て。電話かけてるだけじゃ?みたいなとこも見逃せない。
いや、電話だけで説得しきってるとか、常軌を逸した説得力だけど、わかる?
しかして、ルーシー・リュー as サシャ・バーンズは、みんな言及しているとおり、おそらくジェフ・ベゾスの元妻マッケンジー・スコットがモデルだろうけど、連帯としての文脈はわかるんだが、ちょっと理想というか夢想的すぎるかなぁとも。
もちろん、ハッピーエンドではなく仕事は続くという終わりではあるので、信頼は出来るし、おそらく3が出来た時にはアンディとエミリーと、シモーヌ・アシュリー as アマーリのお話になりそうな気はする。
それはそれで楽しみなところ。

でだ、わたしはナイジェルみたいな気の利いた、ちょっとすると三枚目なのかもしれないけど、心意気が超二枚目なオジサンになりたいものである。
あと、上述のパンフは素晴らしくて「プラダを着た悪魔」についても説明がある。
素敵。

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