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—モンスーンに吹かれたように— 大移動と交流のアフリカ‐アジアの現代美術唸るバクテリア2026/06/30

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前々日ぐらいに調べはじめた中で、これはいっそ関東ではなかなか見れない類のだなぁと岐阜県美術館まで足を延ばし「—モンスーンに吹かれたように— 大移動と交流のアフリカ‐アジアの現代美術」を見ました。
これがまぁ大正解
もちろん1000円で小一時間なので、もうちょっと物量が欲しかった気はするし、なにより課金させろ!!!と思うほどに来た甲斐があった。
「AA会議」という単語は中学だったかの歴史の時間に、たしかに聞いた覚えがある。
展示の説明で久々に「AA会議」の語を目にして、ああそうか!シルクロードは歴史的にAA会議の端緒なのか!と驚く。
もちろん、閉鎖国家である日本は冒頭に出てくる「相撲遊楽図屏風」の如く、江戸時代までアジア系以外の肌色は歴史の痕跡に残っていない。
なお、これをもって、黒人だって相撲取ってたんだから土俵に上げるべきだと、心から思います。
ファッキン!歴史改竄主義者
そこからの「子宮腫瘍のさまざまなクラスの組織学」と名付ける、ワンゲシ・ムトゥの12作はフェミニズム文脈的ではあるけども悪意ではあるよなぁ。
しかし、作品に重ねられる人体コラージュと、子宮の輪郭や最後の1枚が黒で塗り潰されていたことからの理解を踏まえると、率直に子宮ガンに係る作品にも見えてくる。
ちょっと捻くれてみれば、生命を育む臓器は同時に生命を殺める臓器でもある。
臓器なんてそんなもんか。
そんな作家が、しかし、白のブライダルドレスを着て波間を漂う「Amazing Grace」なんて映像作品を作っていたりもする。
しかも、言語はわからなかったけど、アフリカ圏の言葉に訳された歌詞で唄われる「Amazing Grace」
ヨーロッパの文化侵攻だけれど、曲の良さや海への憧れは文化にさほど依存しない気もする。
これだけ、他の作品と分けて配置されているのも絶妙。
そして、来た理由のひとつでもある、なみちえ。
「何ちえ」の可愛さは流石なみちえと言わざるを得ないのだけど、自分髪で作った仮面「隠れるための顔」の象徴性たるや!
何ちえ 着ぐるみ
己の身体から発生したもので、己を隠すものを作るという倒錯。
本当に自己言及的な作品を作らせた時の切れ味は恐ろしいにもほどがある。
と、同時に物販で知ったのだけど、母親クラフト作家さんなのね。
なるほど。この母にして、この子どもなのか!
あと日本人作家だと、長谷川愛「Alt-Bias Gun」のテクノロジー利用が素晴らしかった。
技術とはこのように使われるべきだし、こういう発想こそを天才と呼ぶべきだ。
なお、ワタクシはいかにもエイジアンな顔立ちですので、案の定、ロックされました
地味にあのロック音が大きめなのも良い。
で、発掘だったのが吉國元。
作品はすべて色鉛筆なのだが、このカラフルみは心地良く、ある種、異国人としての目が描かせる植物の彩りと思わせるのです。
1枚、全然本筋ではないのだけど超好きなアングルがあって、これを描いてくれた時点で優勝です
久々に絵そのものを写真に撮りたくなってしまいました。
吉國元

一方写真作品だと「アフロ・アジア」の観念の弱さを突きつけられる。
石川真生の沖縄はわかってるのです。
沖縄のミックス家族写真(沖縄でバイレイシャル(ミックスルーツ)として生きること)はいかにも沖縄で最高か!という感じもあるし、占領下沖縄の歓楽街は、いろいろな言説を理解した上で、「刹那」の楽しさに満ちている感慨がたしかにある。
一方で、マフディ・エシャーエイのイランの写真は、中東が交易都市でありアフリカ圏の奴隷が残って土着化し、地元民としてイスラームに帰依しているのを、改めて突きつける。
さらにチェ・ウォンジュンの映像作品で、韓国のアフリカ系はキリスト教に福音されている
つまり、信仰の自由であり肌の色で区分けすることは愚かである。
そういえば「オールド・オーク」でも、ちょっと前に来た移民が大きな顔で地元民を名乗っていたし、アイヌが先住民では無いと言いたがる人たちに対し、実はコロボックルも実在した集団の名称であると説明している人を見かけた
そもそも、鬼は「人」ではない人たちの集合体だし、昨日参った「伊奈波神社」の「伊奈波」は「稲葉」で、だから岐阜城は稲葉山城で、じゃあ、因幡から来ているのだろうから出雲系の侵攻地であり、遷座してきた場所には「黒龍大神」がいたのだから、「彼ら」が先住していたのだろうは容易に想像が到る
この辺のダイナミズムは、岐阜で見た甲斐でもある。
そして、最後に満を持して登場するジョエル・アンドリアノメアリソア「風の宮殿」の絢爛たるや!
直前のエリアス・シメ「タイトロープ・モバイル」の金ぴかがICチップの光だという衝撃とあわせて、資源の集まる場所と資源が捨てられる場所という、背反を突きつけられたアフリカの現在地だし、岐阜県美術館コレクションの、お土産物装飾だった絵画というマニアックな「ティンガ・ティンガ派:岐阜県美術館コレクション」まで、良い展示でした。
ジョージ・リランガ「彼は白人を怖がっていたから白人に気に入られた/白い人を見て驚いてひっくりかえった」なんて、上述の通り、なにが鬼なのか?が如実な作品である。
文化に貴賤はないと言わざるを得ない。同じようなプリミティヴさ。

ジョージ・リランガ「彼は白人を怖がっていたから白人に気に入られた/白い人を見て驚いてひっくりかえった」

一方写真作品だと、「アフロ・アジア」の観念の弱さを突きつけられる。
石川真生の沖縄はわかってるのです。
来て良かった。

なお、物販で買い物したら、紙袋に入れてくれたのだけど、これが過去のイベントフライヤーを流用して、折り紙田で作った封筒。
このアイディアが既に素敵なのだが、アタイに与えられたの「ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る」

ヤだ。これ、超見たかった!!!

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